ケビン・シュワンツ「レースシーズン、そして友よ、さようなら」その1

SuperbikePlanetより ケビン・シュワンツ氏のコラムその1

その2はこちら

ヨーロッパから戻りました。

ドルナとシモンチェリの家族は、バレンシア戦のウォームアップ前にマルコへのトリビュートを行わせてくれました。

彼のバイクに乗り、全ての選手が私の後ろを走りました。とても相応しいもので、みなさんの慰めになったことかと思う。もちろんまだ人々の脳裏と心に重く残っているけれど、心の整理になったと思う。初めにトリビュートの提案があった時、素晴らしいアイディアだと思った。しかしいざその時になってみると、グレッシーニチームとそのバイクが鎮座しているガレージにいることはとても辛いことだった。それはレースの一部である。もちろんレースの好きな部分ではない、しかし前に進むためにはついてまわるものなのだ。

テロルはシーズンを通してチャンピオンシップをコントロールしているようだった。後半シーズンには幾つかのミスがあり、ヨハン・ザルコに明け渡したレースもあった。彼は2007年レッドブルルーキーズカップのライダーでした。ルーキーズカップでは少し取りこぼしもあったけれど、世界グランプリでも存在感を見せ続けている。テロルと、若く才気あふれる若いライダーを擁するチームアスパーは、常に最も強いチームであるだろう。彼らみんなに祝福を送りたい。Moto2、MotoGPでは難しいが、少なくとも彼らはチャンピオンを取ったのだ。2ストローク最後のレースでの優勝となったが、ホルヘ・マルチネスと彼のチームアスパーは競争力のあるバイクで参加し続けるだろう。それがMoto3であれ、Moto2であれ、MotoGPであれ、だ。これが彼らとその努力への祝福の言葉だ。

そしてMoto2。土曜日、マルク・マルケスはレースに出られないことがメディカルディレクターから発表され、ブラドルはプレッシャーから開放されたね。最終戦としては少し盛り下がってしまった。ステファンは今年たくさんの人に自分の実力を見せつけたと思う。Viessmann Kieferチームについてはよく知らないのだけど、話を聞く限り、ステファンとかなり親密だったようだけど、優勝するとまでは期待されていなかったようだ。おそらくライダーがチームよりも頑張ったんだろう = ライダーが設備を持ちこんだのだろう。そうはいってもメカニック的な失敗はなかった。いくつかのミスをステファン自身が犯し、おそらく天気が難しいコンディションの時にセットアップをミスしたと思う。でも彼は1年を通して常にベストを尽くし、誰よりもうまくこなした。後半戦ではマルケスのほうが彼よりも早く、何度も彼を倒し、レースを支配していた。しかしそれは問題ではない、シーズンには18レースあるのだから。

ステファンの父、Helmutは私の250cc時代の仲間の一人だ。彼は数回の優勝があったが、チャンピオンシップを取ることはなかった。彼とその息子はあの土曜日に一緒になって祝福したことだろう。またステファンがチェッキネロホンダチームのMotoGPバイクに乗るのは喜ばしいことだ。彼と直接話したことはないけれど、いつか一緒にダートレースをしたいね。ドイツの冬はとても厳しいだろうから、温かいテキサスへ2,3週間来てトレーニングしたらいい。確かマレーシアの初テストは1月末だしね。

そしてMotoGP、トップ6~8位あたりのライダーは10点中1点、ケーシーには9.5点をつけよう。彼は飛び抜けていた。いつもは愚痴ばかり言っているのに。ルマンではドプニエを殴ったり、ヘレスでバレンティーノ・ロッシとクラッシュした際は「どうして誰も僕を助けてくれなかったんだよ!」などとね。こんなのはレースではよくある事なんだ。走行ライン上に軽く流しているライダーが出てきたり、クラッシュしたり。事故が起きたり。それでも激昂するのではなく、そういうことが起きないように努力するべきであり、どうなってしまうかに集中し、一年間いつもやってきた通りのことを続ける、そうやってこそ、他のライダーを支配できるのだ。

彼が偉大な才能を持っていることは明らかだ。おそらく2007年のDucatiが彼の才能をほんの少し開花させたのだが、同じDucatiのバレンティーノとニッキーの状況を考えれば、彼が成し遂げたことに対してもっと大きな賞賛を与えるべきだろう。我々はみんな、2007年当時のDucatiマシン自体が優れていたのだと思っていた。確かにそれはあっただろう、特にストレートでは。しかし、長いストレートがあるコースはそんなに多くはない。明らかに難しいマシンに乗っていたのだ。ホンダ機に初めて乗った時と同じように、とても速く走らせながら、転倒してしうまうことが数回あった。今年そうであったように、一度良いマシンに乗ってしまえば、彼は自信を取り戻してしまうのだ。数回のタイヤ関連の問題やミスを除いて。大きなポイントロスをすることがないのだ。

おそらく彼の最大のライバルはロレンソだっただろう。オーストラリアの土曜日彼は指を怪我したが、レース当日の朝になってもチャンピオンシップを諦めきれないでいただろう。私だったらこう思うだろう。「包帯を巻こう、ここでは天気によってどうなるかわからない。レースとは物理的な要因だけで決まるわけではない、怪我をした指でも走れる」。しかし彼は荷物をまとめ帰ってしまった、サーキットに残ってレースを見ることもなく、おそらくレースのことも忘れて。現チャンピオンにとって、それが奪われるところを見ることはとても辛いことも事実だ。ホルヘはやれることはやったのだろう。彼は勝つ見込みがないと思われる数レースでも全力を尽くしていたことは間違いない。彼は素晴らしい成績を残した。ムジェロでのレースはそのひとつで、これまで以上にロレンソに対して敬意の念を持ったよ。あそこでは、どうやったってホンダは倒せないと思っていたのに、彼は成し遂げてしまったのだ。

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ケビン・シュワンツコラムその1終。とても長いので3回くらいに分ける予定です。

 

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